LEICA S(typ 007)でカワセミを撮ってみた
本記事の概要
LEICA S(typ 007)のレビュー…をやるつもりでしたが、このカメラにCONTAX 645用レンズ、Carl Zeiss Tele-Apotessar 4/350とMutar 1.4xを取り付けて、まさかの野鳥撮影にトライしたレポートを書きます。(インターネット上の記事としては多分、日本語・英語圏で唯一のレポートです)
はじめに/中判カメラで鳥を撮るということ
2021年秋、縁あってLEICA S(typ007)を入手しました。それまで使っていたHASSELBLAD X1D II 50Cを手放しての購入になります。しばらくはSUMMARIT-S 70mm F2.5 ASPH.やCarl ZeissのDistagon 2.8/45を使って大人しく風景や子供撮りに勤しんでいたのですが、あるとき某カメラ店の中古決算セールでTele-Apotessar 4/350が破格の値段で放出されているのを発見、気づけば手元に置いていました(ついでにテレコンであるMutar 1.4xも入手)。
ところで私は元々鳥撮りをメインにしてきた人間で、望遠レンズを見ると無性に鳥撮りに出かけたくなるのですが、「500mmは標準レンズ」という格言もあるように、鳥撮りの世界ではレンズの焦点距離が長ければ長い程良いと言われています。今回購入したレンズ×テレコンの組み合わせにおいては350mm × 1.4 = 490mmと、ギリギリ標準レンズと言って良い標準距離となります。一方、LEICA Sはいわゆるデジタル中判カメラです。センサーサイズは45mm × 30mmと35mmフルサイズ(36mm × 24mm)より一回り大きく、35mm換算焦点距離としては35mmフルサイズの0.8倍になります。つまり今回のレンズ×テレコンの組み合わせでは490mm × 0.8 = 換算392mmとなってしまい、これでは鳥撮り界では広角レンズです。中判カメラで鳥を撮るのは極めて非効率な行為といって差し支え無いでしょう。
しかし、ハッセルブラッドの創始者であるビクター・ハッセルブラッド博士は野鳥撮影が趣味だったといいますし、ハッセルの6×6中判カメラ1600Fなどは、野鳥撮影にかける博士のこだわりから高速シャッターが可能なフォーカルプレーンシャッター式を採用したという説すらあります。中判カメラと野鳥撮影というのは切っても切れない関係にあると言って良いでしょう。つまり中判カメラで鳥を撮るのは、案外由緒正しい行為でもあるのです。
そんな先人へのリスペクトと、おそらくインターネット記事としては世界初となる試みに胸を高鳴らせ、私は合計5kg超のシステムを担いで野鳥撮影に出かけたのでした。
外観デザイン/質感
めちゃくちゃカッコイイです。総じてコンタックス645のレンズはデザインがめちゃくちゃカッコイイです。フォーカスリングのラバーは硬質で、おそらく古い物だとは思うのですがゴミも付着しにくく加水分解によるベタつきも感じません。市場に出回っている中古品を色々眺めても、ゴムが白く変色するケースもあまり無いように見えます(私など、実際手に取るまで、この部材は金属ローレットだと思っていたくらいです)。最高品質といって差し支え無いでしょう。重量とのトレードオフではありますが堅牢性もなかなかのように思います。このレンズのデザインのうち一番気に入っているところはレンズフードです。このフード、逆付けすると三脚座リングの径に綺麗に一致し、非常に省スペースかつ一体感のある形で収納することが可能です。男心をくすぐります。Mutarとの組み合わせにおいては無骨さが強調され、さながら巨砲です。
コンタックス645のレンズの絞りリングは実際に絞りを機械的に操作しているわけではなく、カメラ側に電気的な信号を送信することを目的としています。ライカSとの組み合わせにおいては絞りの操作はボディ側のコントロールリングで行うため、残念ながらこの感触の良いリングはライカSで使う際にはただの飾りになってしまいます(逆に言えば、レンズ側はどの絞り値になっていても関係なく、ふとした誤操作の心配がない)。フォーカスリングについては、他のコンタックス645レンズにもいえることですが、リングの回し始めに内部でギヤ的な機構が動いていることが感じられるような硬めの感触があり、また切り返し時のバックラッシュが大きめです。これが若干MFの微修正を難しくしており、かつ質感上の欠点にもなっています。とはいえ総合的には高い質感を有するレンズといって良いと思います。
機動性
言わずもがな、機動性は悪いです。その体積上のデカさもさることながら
- カメラ本体:1260g
- ライカ SアダプターC:120g
- Mutar 1.4x :510g
- Tele-Apotessar 4/350:3610g
ですから、合計5500gという激しく重いシステムになります。カメラボディにつけているPeak Designのアンカーの紐がちぎれるんじゃないかと気が気でなく、持ち歩く際はずっとレンズの三脚座を握っていました。ちなみに私が以前使っていたCanon 5D Mark4 + 1.4×テレコン + ゴーヨンII型の組み合わせでは890g + 225g + 3190g = 4305gですから、換算焦点距離が4/7倍なのに重量が5/4倍で手ぶれ補正も無いという悲しいことになっております。逆に言えばゴーヨンII型は本当に軽量で優秀なレンズでした(あれを使っているときは、ゲームのダンジョン序盤で最強の武器を手に入れたような万能感と虚無感がありました)。
そんな超重量システムですが、私は三脚を使わない主義なので今回のトライは全て手持ちです。意外と重量バランスは悪くなく、カメラボディ側にレンズの重心がある(ように感じる)ため取り回しはそこまで苦労しませんでした。とはいえ結局殆どMFで運用したこともあり、撮影後は左手がプルプルしていました。
フォーカスのしやすさ
ボディの性能にも依存しているのだと思いますが、残念ながらAFは迷います。まず動きモノには使えません…。今回は夕方4時頃に、約15m先の枝に止まっているカワセミを撮影しましたが、AF頼みだと一向にフォーカスが合わないケースもありました。AFを使う場合は、カメラを構える前にいったん目測で大まかにフォーカスを合わせておき、AFは補助的に使い、最後にMFで追い込むというのが基本的な使用方法になるかなと感じました。そこでネックになってくるのがフォーカスリングの回転角設計と操作性です。実はこのレンズ、鳥撮り頻出の15mくらいの距離で、フォーカスリングの回転角に対するピント移動量が結構シビアです。体感、1mm動かすとピント面が数cmずれるイメージです。さらにこの1mmというのが案外曲者で、上述したフォーカスリングのバックラッシュがピントを追い込む際に若干わずらわしく感じられます。このピントの微修正を、約4kgのレンズ鏡筒を手持ちで支えながら行っていると段々左手の指が悲鳴を上げ始め、もう「うわーーー」という感じです。ライカSのファインダーは大きく、ピントの山が掴みやすいと非常に評判ですが、この距離になるとやはりなかなかピントが来ているか分かりにくいですね…私も今回のトライでピンボケを量産しました。そもそも手ぶれ補正の無いレンズなので、果たしてそれがピンボケなのかシャッタースピード不足なのかは分かりませんでしたが…
画質
さて、お待ちかねの画質ですが…下に絞り違いの作例をいくつかアップします。いずれも同程度のトリミングとLightroomによる若干の明瞭度調整を行っています。
正直…残念ながら…解像度はいまいちです…あまり寄れていないこともありますが、おそらくピントも合っており手ブレもしていないと思われる上記画像で、等倍拡大してもカワセミの羽毛が潰れてしまっていました。中判フィルム用レンズでは求められる解像の基準が35mmフルサイズとは異なること、テレコンを介していることが、解像度という観点での画質がそれほど良くない原因ではないかと考えています。一方で遠目に見れば、あまり良い光線状態ではない中、絞り開放(f5.6)でも見事な収差補正とコントラストが認められ、さすがは「アポ」の名を冠したレンズだと思い知らされます。このレンズに求められているものは、鳥撮りに求められるそれ(解像すること)とは異なるのだなと感じます。
総括
中判デジタルで鳥は撮れるのか?という命題について体を張って検証した本企画でしたが、結論としては
- 運用面:デカくて重いが運用不可能ではない。ただしそれなりの苦行になる
- 操作面:MFによるシビアなピント修正が要求されるが機構上なかなか困難
- 画質面:色や収差という点では優れているが、解像は残念
という結果となりました。やはり鳥撮りはフルサイズ以下のセンサーフォーマットで楽しんだほうが良さそうです。とはいえ、この機材を担いで鳥を撮っていれば、鳥撮りにつきものの機材マウントおじさんに絡まれることも少ないと思います(そんなんで撮れるのかよ、的な切り口で色々言われたりしそうですが…)。機材マウントおじさん除けに、また筋トレ含む求道のために、興味を持たれた方はぜひトライしてみてはいかがでしょうか。LEICA S3を使えば、センサーの画素数も6400万画素にアップしているので、よりトリミング耐性も上がって高精細な写真が撮れたりするかもしれません。
おわりに
本記事は、LEICA S(typ 007)のレビューに先立ち、おそらく世界的にも希少な体験を早く記事にしたいという思いで書いたものになります。本業の鳥屋さんにしてみれば、コイツ舐めやがってという内容になっているかもしれませんが、生暖かく見守っていただけると幸いです。
以上、最後まで読んでいただきありがとうございました。
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